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2004.07.27

福井県豪雨水害 ボランティア活動報告

2004年7月27日(12:30)
関係各位
新潟・福島豪雨災害、福井豪雨災害について<第14報>

■福井豪雨水害救援活動
 奈良の宮津さんより、福井での活動レポートを頂きました。
 被災地の様子や活動の雰囲気がよく分かります。転載の許可を
頂きましたので、ご紹介いたします。
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福井県豪雨水害 ボランティア活動報告
奈良【災害】ボランティア・ハート・ネットワーク 宮津 宣雄

 今春立ち上がったばかりの、奈良【災害】ボランティア・ハート・ネッ
トワークです。まだ組織力も動員力もないのですが、仲間二人で福
井県「美山町水害ボランティアセンター」へ「お手伝い」に上がりまし
た。
 7月23日夜出発、現地深夜車中泊して、活動は24日早朝に美山
ボラセン受付して、山間部の折立地区に向かいました。次の日の福
井新聞で知ったのですが、この日各被災地のボランティア合計数は
9.413人もの数に登り「ボランティア2年」と言って良いくらいの「ボ
ランティア活動」風景が私達の眼前で展開しました。いえ私達もそこ
にはありました。
折立地区は山間部の渓谷にある村で、道路から見る足羽川は本来
なら今頃は「アユ釣り」でにぎわうような奇麗な川であるのでしょう。
それが集中豪雨により増水し、高さ数mから10mをも越えて、村は
浸水を開始したのでしょう。美山ボラセンより折立地区まではシャト
ルバスで20分位のところですが前日までは交通も水道も止まって
いたとのことです。また美しい山の美林に沢崩れの爪跡が幾本もあ
りました。
途中の民家は沢崩れにより川の流れが変り、土石流に急襲され
1階部分が大量の土砂で埋まった家もありました。しかし先行ボラが
そこではもう活動を開始しています。
自衛隊も何日も前に到着していて道路確保をしてくれていました。
 しかし私達の集結地点の「称名寺」付近では道路が陥没し、また
対岸へ渡る橋は橋脚の一部と共に水没しています。称名寺そのも
のも本堂はまぬがれても、お堂の一つと集会所等が泥まみれであ
りました。
 私達は「福井大学アメ・フト部15名」と共に、付近の「高嶋さん」
宅の「農作工場」の「泥だし」に入りました。実は、私の「いやな予
感」は的中しました。まず「若い人達と一緒に動くと、パワーにつ
いていけない」又、「投入パワー」の大きいところは「それなりの仕
事が待っている」。当たりでした。大量のヘドロが堆積して私達を
迎えてくれました。なお、この日の最高気温は35.4度。残念なこ
とに、事前の注意事項も、用意もあったのにこの日は何人かの「
熱中症」をボランティアは出してしまいました。しかし、時おり聞こ
えるサイレンにひるまず、若人はあごから汗を流しながら一時間
に一度位の休憩を取りながら朝11から夕3すぎまで、「ゴミだし・
泥だし」をみんな「一緒懸命」に貫徹しました。汗を顔から噴出す
ように仕事する若いボラ達に高嶋さんは「休んでな・ありがとうな・
ジュース飲んでな」と、感謝といたわりの言葉を何度もくれます。
また、本来は自分の仕事であるから率先して仕事します。「いえ、
僕達がそれをします。」と『福井大学アメ・フト部15名』は気持ち
よく仕事します。私も彼等達には感心させられました。
実は私は到着して一時間の後には、もうバテバテ状態なのであ
りました。
 どうすればこんなに大量のヘドロが堆積するのか、なんて考え
ていられません。
どうすればこれを撤去できるか。ということで若人達はスコップと
一輪車でパワー全開に動き回ります。午後二時ころにはバスケ
ットをつけたフォークリフトも応援に来てくれました。しかし機械装
置の周辺は手作業に近いものがあります。どこから来たのか「三
時半に撤収」の報せを受けた時、私は返事もできないありさまで
した。(はは…、だらしね~。)残念ながら「泥だし」は完了しませ
んでした。しかしこの地区の「泥だし」は、近日には完了するでし
ょう。帰り道には「ボランティアの隊列」が見え、地区の人たちが
皆あいさつをくれました。
 帰りのバスは一時間以上もほこりと残暑の中で待ちました。こ
の日マイカーボラが多かったのと、予想を上回るボラ参加者によ
り、ボラセンも行政も対応できなかったのでしょう。交通渋滞が山
間部で起きていたのです。しかしそのことに誰一人として文句は
言わない。言っていたのは「後、何時間かあれば、あの家の泥だ
しは完了できたのに…。」ということでした。みんな自分達の非力
を語っていたのでした。
 およそ「女性」に泥だしはきつい。しかし「女性」だからとひるみ
はしない。後続部隊には女性が多かった。
 男と同じく、頭から足まで泥まみれになって仕事していた。
いや、感心しました。
しかし炎天下の作業で疲れたのでしょう。ぐったり、げんなりした
若いお姉ちゃん達。実は福井県内の高校生達が大挙してこの日
の活動に参加していたのでした。それを見て私は「これからの福
井県は、必ず良くなる。」なんて考えてしまいました。
(マチガイナイ!)
 五時近くに美山ボラセンに帰着。報告書を簡単に書いて頭から
水をかぶりました。
(女性さえいなければ全身丸洗いしてました。ヘドロには糞尿が
混じりこむのです。)
目も耳も口も鼻も、良く洗います。しかし砂塵は「乾燥ヘドロ」なの
で、すぐにマスクは必着です。
ボラセンの冷たいジュースはありがたかった。残りの握り飯もうま
かった。(普段なら数時間たったものは捨てている。)石鹸も、う
がい薬もありがたい。でも、「さあ風呂へ行って、晩飯にしょか。」
(やっと相棒の大西君が出てきました。少し控えめな若い衆なの
で出番が遅くなりました。)
 しかし福井県は「銭湯」の少ない県なのでした。市内をうろつく
こと二時間近く、やっと「ローレル」と言う名の銭湯を見つけ入浴。
なななんと。ボランティアで「ごった煮」状態。この人もあの人もで
お風呂は満ちていました。ということは「案内」なりを私達は見落
としていたのでしょう。あるいは「情報交換は緻密に」を忘れてま
した。
 25日、シャトルバスは増便されていました。また交通規制も
「循環道路」を設定し、一方通行路が増えていました。ボラセンも
朝早くから稼動したのでしょう。
待つことも無く「仕事」が手配されます。ここでもアクセスが「循環
式」に再設定されていて、「押し合い、へしあい」が、解消されて
いました。広場前を車が往来することは無くなっていました。
 この日はボラセン側近の「野尻さん」宅の泥だし二日目作業で
す。「なんや、楽
勝やんか」と思いきや、「フローリングは、床を傷めるのでめくれ
ない」状態。和室の床板のある部分の泥だししかできていない。
だったら開口部より「床下に潜り込んでヘドロを掻き出すしかな
い。」(はは…。冷や汗)「ツナギあったら貸してください。」運良
く野尻さんは「工場作業」しておられたのでツナギを獲得。私は
若いときに「シロアリ」屋さんのアルバイトの経験者で、「縁の
下」で動き回るのに馴れていた。私が動けば大西君も縁の下で
泥まみれ。続く応援の三人も縁の下に潜ったり、バケツの交換
をしたり。一日作業が昼の一時過ぎに完了してしまった。
おじさん・おばさんは感激してくれて「何にも無いけどお昼食べ
て」と、どこかで買ってきた物を振舞ってくれる。男五人で育ち盛
り(私は除く)。ものの数分でみんな食べてしまう。「ジュース飲
んで、おやつ食べて」と出でくる、出てくる。どうも、「泥まみれ」
に感激してくれたみたい。でもって接待なのたろうけれど、何よ
り「喜んでくれる」くれる、ことが私達も嬉しい。「いえ、もうおかま
いなく。」
と言って去ろうとするけれど。「もっと休んでいき」と言って引き止
めてくれる。
ほんと喜んでもらえるのは、こちらも喜びで~す。しかし「奈良帰
着」時間が気になり、野尻さん宅を去る。
 報告書の提出と「身体丸洗い!?」して、シャトルバスのりこ
み、「下宇阪小学校」にて撤収を開始する。帰りは凄く早かった。
夕刻には奈良に到着。しかし大西君はここからまだ1時間位か
かる高田の人。「行って良かったな!」と、なぜか固い握手して
別れる。大西君の帰着を電話確認しつつ、今回の活動記録を
纏める。
う~ん。記録になってるかな!?。
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┃┃震災がつなぐ全国ネットワーク事務局
┃┃e-mail:ngo@pure.ne.jp
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rescuenow.netに美山町の折立地区で活動された奈良の宮津さんのレポートが掲載されています. 詳細な活動レポートで参考になるところがたくさんあります.県... [続きを読む]

受信: 2004.07.27 03:42 午後